稲紋 -日本人の主食・稲に宿る神々にあやかった紋- 大佛次郎、青江三奈、神田山陽(3代)...

稲は、古来、日本人の主食であり、その生育をあずかる神は信仰に対象でもあった。
皇室の行事には稲の生育に関するものが多いのは日本人と稲との結びつきの深さを表している。
また、稲は、「実るほど、首を下げる稲穂かな」と言われるように、日本人の謙虚さの象徴もある。

全国にあるお稲荷さんの神紋。全国のお稲荷さんの境内の旗指物には必ず稲紋が見られる。

また、稲紋は、熊野権現の流れを汲む鈴木氏の代表紋でもある。それゆえに、鈴木姓の多い静岡県を中心に東海地方に多く見られる。


尺振八 。1839年 – 1886年11月28日、 教育者、英学者。
江戸佐久間町出身。読みは、せきしんぱち。幕府に出仕し遣欧使節団に翻訳方として同行。予備校・共立学舎を両国に創設。その後、大蔵省に出仕し翻訳局長となる。社会学という言葉を初めて使用。家紋は包み抱き稲紋。青山霊園の墓所にて撮影。


穂積陳重 。1856年8月11日 – 1926年4月7日、 司法官。
愛媛県宇和島市出身。読みは、ほづみのぶしげ。穂積家は伊達家譜代の家臣。英吉利法律学校(中央大学の前身)の創立者の一人。民法典の起草にあたり枢密院議長も務める。家紋は変り抱き稲の丸紋。画像は谷中霊園にある義妹・穂積郷子墓で撮影。


珍田捨巳 。1857年1月19日 – 1929年1月16日、 外交官、侍従長。
陸奥国出身。弘前藩士珍田有孚の長男。読みは、ちんだすてみ。皇太子(後の昭和天皇)の訪欧に際して訪欧供奉長となる。日露戦争後の講和条約締結交渉で小村寿太郎を補佐。裕仁親王の即位後、侍従長に就任。家紋は抱き稲紋。青山霊園にて撮影。


秦佐八郎 。1873年3月23日 – 1938年11月22日、 細菌学者。
島根県美濃郡都茂村出身。読みは、はたさはちろう。豪農・山根道恭とヒデの十四人兄弟の八男として生まれる。ドイツのパウル・エールリヒ(ノーベル生理学・医学賞受賞)と共に梅毒の特効薬を開発。家紋は稲の丸紋。画像は多磨霊園にて撮影。


大佛次郎 。1897年10月9日 – 1973年4月30日、 作家・小説家。
神奈川県横浜市出身。父は宮大工。本名は野尻清彦。読みは、おさらぎじろう。ペンネームの「大佛次郎」は鎌倉大仏裏に住んでいたところから来るという。『鞍馬天狗』シリーズの作者として有名。家紋は稲の丸紋。画像は鎌倉・寿福寺にて撮影。


田波靖男 。1933年12月12日 – 2000年3月21日、 脚本家・作家。
東京府出身。ペンネームに「梅野かおる」「大井みなみ」がある。『ニッポン無責任時代』等、クレージーキャッツの映画の脚本を多数手がける。また、『青春とはなんだ』『太陽にほえろ!』等多くの人気テレビドラマの脚本も執筆。家紋は抱き結び稲紋。


藤村有弘 。1934年3月6日 – 1982年3月16日 、 俳優・声優。
東京府東京市神田区出身。喜劇役者として映画などで個性的な役柄を演じた。代表出演作は『日本一の男の中の男』『クレージーの大爆発』。『ひょっこりひょうたん島』のドン・ガバチョの声やインチキ外国語の芸で一世を風靡。家紋は包み抱き稲紋。


青江三奈 。1941年5月7日 – 2000年7月2日、 歌手。
東京都江東区出身。「伊勢佐木町ブルース」「長崎ブルース」「池袋の夜」などのヒット曲を持つ。紅白歌合戦に16年連続出場。亡くなる約2か月前に病床で作曲家・花礼二(本名:鈴木礼二)との婚姻届にサインし結婚。家紋の稲の丸紋は鎌倉霊園にて撮影。


神田山陽(3代) 。1966年1月14日 – 、 講釈師。
北海道常呂郡留辺蘂町出身。本名は稲荷啓之。落語芸術協会会員。文化庁芸術祭演芸部門新人賞受賞。2002年8月に真打となり、3代目 神田山陽を襲名。また、「にほんごであそぼ(NHK教育テレビ)」に出演し一躍、有名となる。家紋は稲荷抱き稲紋。

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まさむね

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