「神聖かまってちゃん」の両国ライブはNowherBoysと土地の霊との異種格闘技戦だ

一昨日、知り合いの会社に行った。
その方はタレントのファンサイトを多く手がけている方で、相当のビジネスマンである。
その彼は笑って言った。
「最近のバンドは、世間には見えなくなったけど、面白い動き方(売れ方)をしているんですよ、この『神聖かまってちゃん』なんてライブやったらどこでも超満員。しかも、ファンはみんな『神』という字が書いてある工事現場用のヘルメットをかぶって大興奮しているんですからね。」
その方は、ご自身の会社でこのバンドのファンサイトを手がけていてそれを見せてくれたのである。
実はこのバンドに関しては、以前、元2ch管理人の西村ひろゆき氏がどこかで語っていて名前だけは覚えていた。
僕は家に帰り、なにげなく、Youtubeでこのバンドの演奏を聴いた。

そして小さな衝撃を受けた。特にこの「ロックンロールは鳴りやまなぃ」には。(ただ、他の曲はあまりオススメ出来かねる部分があります。良識のある方々は自己責任で見てください)
この曲を作った「の子」は1985年に千葉ニュータウン(サイバーパンク・チバシティ)に生まれた。高校を一年で中退し、純正Neetとなっている。そして、このバンドを立ち上げたのだそうだ。
社会学的に言うならば、千葉ニュータウン出身で高校中退という、その生い立ちから、思わず、過去や土地の霊という束縛からの自由さ、逆に言えば、道徳感や教養や財産やプライドなどとは無縁な、持っているものが何も無い究極の「貧しさ」という物語を語ってみたくもなるが、もしそうだとしたら、ゼロ年代末に、日本においても、ファッションや輸入観念としてではない、日本土民的なパンクがここに生まれたということなのかもしれない。

もっとも、僕がこの曲に興味を持ったのは、歌詞の中にビートルズが出てくるに他ならない。
簡単に言えば、歌詞の内容はこうだ。
ビートルズやセックスピストルズというオールドロックを聴いた今時の少年が、最初は、何がいいんだかわからなかったが、ある時、突然、その曲が耳から離れなくなり、ロックンロールに目覚めていく...
それだけの曲ではある。しかし、けだるくて雑なボーカルとミニマルなピアノ、掟破りのPV映像、意外にも美しいメロディがなんとも素敵だ。そしてこの曲の最大の凄さは、感情のみずみずしさ、つまり、感じたことと音楽の近さとでも言うべき臨場感だろうか。

この曲を耳にして、改めてロックの命はこの臨場感ではないかと、僕は思わされた。
先日、僕は「Nowhere Boy」というジョン・レノンの伝記的な映画を観たばかりで、ジョンの天才は、音楽的才能以上にその正直さにあるのではないかということを書いたが、おそらく、「の子」も同じような意味で、あまりにも正直なのであろうことを想起させる。

行き場のないNowhereBoy達の「僕はいますぐ、いますぐ、叫ぶよ」というNow Here Boy的な臨在性の中には明らかにジョンレノンの遺伝子が検出されるというのが僕の想像だ。まさに、ジョンの正直さが、時代や海を越え、「ロックンロールは鳴りやまなぃ」という形で、その孫の世代に伝染(ミメーシス)しているというというのも興味深いではないか。

そして、このバンドは4月には、なんと国技館でコンサートをするらしい。あの国技館である。
大相撲というあまりにも日本的な見世物集団が、その構造的”ウソ”の発覚によって自粛する中、その「聖殿」を、この異形な”ホント”バンドに貸し与えるというのだ。
もともと、両国という土地は、明暦の大火、関東大震災、東京大空襲による累々たる死者達を弔う場所という歴史を持っている。(相撲取りのシコはその霊達への鎮魂の儀式だと僕は思っている。)
「神聖かまってちゃん」という究極のNowhere Boy達の来襲を、そのあまりにも「重い」両国という土地の霊と神が、迎え撃つ異種格闘技戦。僕にはなんとも興味深く感じられるのである。

まさむね

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