見渡せば花ももみじもなかりけり

まず今回の地震で被災された皆様に謹んでお見舞い申し上げます。まだまだ道のりはとても遠いですが、少しずつ復旧と再生へ向けた歩みが始まることを祈りたいと思います。
最近妙に小林秀雄を読みたくなり、この間久し振りに「無常と言う事」を読み返したばかりだった(これは、かの大地震が起きる前のこと)。小林秀雄が戦中にどんなことを思い、何を書いていたのか、何に向き合おうとしていたのか、自分なりに読み返してみたい気持ちがあったからだ。小林秀雄は高校生のときとても好きで読んでいた。そんなこともあって、先日たまたま本屋で見かけた橋本治の著書「小林秀雄の恵み」(新潮社文庫)も買った。読み終えたら感想を書きたいと思っています。小林秀雄の「無常という事」のなかの有名な結びの文章は以下の通りだ。
「上手に思い出すことは非常に難しい。だが、それが、過去から未来に向って飴の様に延びた時間という蒼ざめた思想から逃れる唯一の本当に有効なやり方の様に思える。・・・この世は無常とは決して仏説と言う様なものではあるまい。それは、幾時如何なる時代でも、人間の置かれる一種の動物的状態である。現代人には、鎌倉時代の何処かのなま女房ほどにも、無常という事がわかっていない。常なるものを見失ったからである。」

かわって標題の短歌。あまりにも有名な藤原定家作の短歌の上句だ。塚本邦雄氏の評によれば、この一首には枯れた景色を逆説的に美しいと感じるような生易しい心情の類ではなく、そのような美さえ虚しいと突っ切って手放すような言外の強いニュアンスがあるのだという。そして意外に知られていないのはこの短歌が作られたのは定家がまだ二十五歳という若書きの端緒のときに詠われたものだということ。その事実によるなら、藤原定家は歌人としてのあり様を「なにもない風景」から始めたことになる。
そして結びの句の「浦の苫屋の秋の夕暮れ」の光景は、ぼくにはイギリスの映画監督デレク・ジャーマン(故人)がエイズで亡くなるその晩年に、原子力発電所の近くの浜辺の鄙びた村の近くで一軒の納屋風の家を買い取り、そこで奇跡の庭作りに励んだという、そのときに彼が見ていた光景と不思議に重なるものを感じる。いずれも「ないこと」から始まる人の営為のようなもの。
今回の地震はあまりにも規模が大きく、その被害も甚大だ。いまだ予断を許さない状況が続いているのはここで改めて触れるまでもない。時に被害の大きさと深刻さに対して何もできない個人としての無力感に苛まれたりもする。そうした転変を載せながら今もこの地上では揺れることをやめない。住んでいた家屋をすべてなくされた方々も多い。
でももう一度日本人みんなが「ないこと」から始めてゆくしかないと思いたい。
それが無常ということの唯一の意味のような気もします。まずは震災で亡くなられた多くの方々に対して、合掌。

よしむね

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