「秒速5センチメートル」 その桜があまりにも美しいわけ

先日、「『雲のむこう、約束の場所』は物語ではなく、詩歌である」というエントリーで、感想を書かせていただいたアニメのクリエイター・新海誠監督の次作「秒速5センチメートル」を観た。

高澤先生、よしむねさんがともに書かれていたが、まさしく、この「秒速5センチメートル」は、「雲のむこう、約束の場所」の詩歌要素を、より、尖鋭化したアニメであった。ここまで映像で表現された作品は、まさに芸術というのにふさわしい。

そのアニメ画のクォリティの高さと同時に、おそらく、敢えて物語を避けた展開にこそ、作者が、この作品をドラマではなく、詩歌にしようとした意欲が伝わるといったら勝手すぎるだろうか。そこには物語であれば必要であろう意思や行動や、あるいは偶然の出会いといったものが無い。
話は、主人公・貴樹(たかき)の内面(モノローグ)を柱に淡々と進む。そして、それは「物語」とはならずに、なすすべのなく閉じてゆく。
しかし、おそらく、青春の一時期、誰もが経験するようなそういった切なさの記憶を見事にアニメ化したこの作品は、今後も日本のアニメの表現力の高さ、そしてその幅を証明する一本になることは確実であろう。特に、最終話の山崎まさよしの『One more time, One more chance』をBGMに流されるイメージのラッシュは出色である。

冒頭のシーンで、小学生の貴樹と明里(あかり)を分けた無邪気な踏み切り、そして最終話でも、明里と出会ったかと思った瞬間、貴樹のほのかな期待を裏切った残酷な踏み切り。結局、二つの踏み切りシーンが象徴するように、二人は結ばれることは無かった。

つまり、奇跡=物語は起きなかったである。前作の『雲のむこう、約束の場所』に引っ掛けて言うのであれば、「来年も一緒に桜見れるといいね」という明里との約束の場所=踏み切りにおいて、もう二人は会うことができなかったということである。

でも、それでいいのだ、この作品は「物語」ではなく、記憶=絵=詩歌なのだから。

さて、ここで、僕が敢えて語ってみたいのは、内省的な人間の内面と世界とのアンビナレントな関係をこのアニメが非常によく捉えていたということである。もともと、体が弱く読書好きだった少年の貴樹は、明里との最後の雪の夜の思い出以降、人生のメインイベントが終わってしまったということを本能的に悟り、さらに、どんどん内閉的になってゆく。
それゆえに、中学ではサッカー部だった彼は、高校の部活では弓道部を選ぶのである。そして、彼は、他者=世界とのかかわりを避けるようにして、今ここではないどこかにある自分自身でもわからないよう何かを求め続ける。
その象徴が、宇宙探索機なのである。

そして、彼が誰にでも優しいのは、逆に言えば、誰に対しても関心が無いことの裏返しなのである。
おそらく、彼にとって、あの雪の夜以降、世界の美しさなどは、全く無意味なものになってしまったのだ。

春の桜も、夏の太陽も、秋の夕日も、冬の雪も、彼にとっては、物理現象に過ぎない。
桜の落ちる速度が「秒速5センチメートル」という、そのいわば物理的観点は、情緒や美や文化を無視している、そんな彼の無味乾燥な内面を表しているのだと僕は思う。

また、このアニメでは、雑踏の人の声が異常にクリアに聞こえてくるが、これは、彼が世界との正常な距離感を喪失していることを表しているのだとも思う。

そして、彼は何も無い真っ暗な宇宙を、その先にあるかどうかもわからない星めがけて飛んでゆく探索機に密かに想いを託すのであるが、その一方で、部屋(リアルな世界)を散らかしっぱなしにし、3年間付き合った恋人にフラれても、それは大した話ではないのだ。
世界に関心の無い彼にとって、そんなことはどうでもいいことなのである。

僕はこのアニメにおける風景のあまりの美しさは、貴樹の世界に対する興味の無さの、逆の意味での表現のような気がする。
この作品においては、新海監督が描く風景が美しければ美しいほど、それは、貴樹が持つ闇の暗さを表現しているからだ。

ラストシーンに、踏み切りで舞う桜は、ただの桜ではなく、貴樹の心には響かない桜なのである。
だからこそ、この桜は、観る者にとっては、他のアニメのどんな桜よりも、狂ったように美しく観えるのである。

まさむね

この作品以外のアニメ評論は、コチラからご覧下さい。

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