「まどマギ」に先行する傑作・自主制作の白黒アニメ「海からの使者」

のすふぇらとぅ製作の自主制作アニメ「海からの使者」を観た。

この作品は、淡路島で八百屋を営む方が6年の歳月をかけて製作した短編アニメである。
尺は8分半位であるが、全編、GIFアニメで作られているという正直言って、奇跡的な作品である。
内容に関しては、コチラの解説に詳しいので、読んでいただければと思う。

とにかく、凄いのは、これをほとんど一人で完成したということに尽きる。上記の解説にも書かれているが、このアニメはアマチュアの個人製作アニメとプロの集団製作アニメとの境界すら危うくする可能性を秘めている。
逆に、アニメが、集団(製作委員会)によって作成されることによって、クリエイターの主張が薄まり、作品性よりも商品性が重視される傾向がある中、この作品に見られるような純度の高さは、貴重である。

戦闘シーンのビジュアル的なこだわり、迫力、インパクトに関しては、僕が今更、解説をするまでもないので、ここでは内容について少し書いてみたいと思う。

あらすじは、簡単だ。

傷だらけになり全身包帯姿ののんちゃんが海辺を歩いていると、亀が子供達にいじめられている。のんちゃんが近づくと、子供達は「ミイラ男だ!」と行って逃げていく。のんちゃんに助けられた亀は、のんちゃんを海の向こうの楽園に誘うが、のんちゃんは黙って、それを断る。家に帰ったのんちゃんは、テレビで、児童虐待やいじめなどのニュースなどを目にして、暗い気持ちになる。この世界はなんて辛いのだろうかと。
いたたまれなくなって家を飛び出すのんちゃんが見たものは、昨日とは一変した海辺の姿であった。
そこには世界を破壊するモンスターがいた。そして、逃げ惑う人々の中に、友達を見つけたのんちゃんは、そのモンスターと闘う決意をする...

「海からの使者」には、約8分半の間に現代アニメの典型がいくつも含まれている作品である。
そこには、今年の年頭に大ヒットしたアニメ「魔法少女まどか☆マギカ」とほぼ共通する要素が沢山つまっているのだ。

以下、それら二つの作品の共通点を一つづつ見ていきたいと思う。

1)主人公が、この世界を辛い世界であると認識しつつも、そこで生きる選択をする。
2)目の前の敵は単純な悪者ではなく、元々は、善良な存在が変身した姿である。
3)主人公が闘うことに対して葛藤がある。

まず、1)に関してだが、実は、この「海からの使者」は、簡単に言ってしまえば、亀を助けたけど、竜宮城に行かなかった浦島太郎の話である。家に帰ったのんちゃんは、テレビで流される悲惨なニュースに涙する。彼の悲しみは深い。しかし、どうすることも出来ない。

この作品には、「ビューティフルドリーマー」「妄想代理人」等、多くのアニメに見られるように、「現実逃避をするのではなく、自分達が住んでいるリアルな世界で生きるべき」という価値観が見られる。ただし、他のアニメでは、”幻想の世界”に一旦は行ってみるが、やっぱり現世に戻ってくるという流れが多いだが、この「海からの使者」では、最初から、のんちゃんは竜宮城=夢の国に行くことを拒絶する。また、最後、モンスターを倒し、亀を海に返したのんちゃんは、この世界に残りつづけることを選択する。

こののんちゃんの態度は、「魔法少女まどか☆マギカ」の最終回で、この世の魔獣と戦い続けることを決意したホムラの態度にも通じている。

次に2)の敵の正体に関しての話である。

のんちゃんに、一緒に夢の国に行くことを断られた亀は、次の日も浜辺でのんちゃんを待っている。
しかし、やってきたのは、昨日と同じいじめっ子達であった。
そこで、画面は飛ばされるので、具体的にはどうなったのかはよくわからないが、次のシーンで、亀は巨大なモンスターに化けて、子供達は、その場に倒れている。そして、大暴れてして街を破壊している。おそらく、このモンスターは、我慢に我慢を重ねた亀が変身し、凶悪化した姿なのである。

この展開を、殺意や絶望といった負の感情が世界を破壊する話と解釈するならば、亀のモンスターは、「魔法少女まどか☆マギカ」における魔法少女が穢れた果てに変身してしまう”魔女”と全く同じ存在である。

負の感情が暴走して他者を害するというタイプの敵は、明確な悪者とは違う存在である。
しかし、それは、いつどこに発生するかわからないという点で、極めてやっかいであり、しかも、現代的である。

そして最後に3)である。
実は、この「海からの使者」には、前史がある。DVDのパッケージに書かれているようにのんちゃんは、それまで、「電脳空間に満ち溢れている果てしなき悪意と、もう10年も戦い続けている。」のだ。そして、「闘えば闘うほど、一層の悪意が彼を蝕み、世間の無常に心を痛める日々が続いている。」という。

力による解決は正義なのかという問題にぶつかっているのんちゃんは、まさに葛藤する戦士である。
戦闘の真っ最中に、戦っている相手が、先日助けた亀だったことを知るのんちゃんであるが、それでも相手を倒さなければならない。彼は「ごめん、ごめん」と言いながら亀の急所をパンチするのである。こののんちゃんの”悩む戦士”姿というのは、ある意味で、「新世紀エヴァンゲリオン」におけるシンジを彷彿させるが、それ以上に、最後まで魔法少女になるかどうか、迷い続けた「魔法少女まどか☆マギカ」におけるマドカの悩みにも通じるではないか。

さて、この世が続く限り、人々の悪意は無くならない。悪意が無くならない限り、モンスター(魔女)は出現する。それを力で倒しても、解決にはならない。しかし、それでも僕らはこの世界で生きていかなければならない。

このように、上記の1)2)3)の無限ループを内包している「海からの使者」は、「魔法少女まどか☆マギカ」と同じテーマを、しかも、それよりも早い時期に提示していたという意味で重要な作品であると僕は思う。

まさむね

この作品以外のアニメ評論は、コチラからご覧下さい。

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