談志さんで思い出すこと

落語家の立川談志さんが亡くなりましたね。
75歳だそうです。

談志さんが、凄かったのは、常に現在を語り続けていたことだと思います。落語家さんはどうしても齢をとってくると「芸の道」という「あの世」に入って出てこなくなってしまいます。
勿論、談志さんだって、他の落語家さんと同様に、一方の顔で、芸の道に励んでいたのでしょうが、その一方で、常に、現世に存在し続けていました。これは、出来るようでいて、他の落語家さんにはなかなか出来ないことでしょうね。現在を語り続けるといことは、常に闘い続けるということと同義だからです。

そういえば、今からもう、20年位も前の話ですが、談志さんがあるプロレス雑誌のインタビューに答えているという記事がありました。今、思うとなんで、プロレス?って思うかもしれないですが、活気のあるジャンルというものは何でも巻き込んでしまう、そんな引力があるもので、その当時のプロレスにはそんなパワーがあったんですね。
そのインタビュー自体、結局はプロレスとは全く関係の無い話をして終わったのですが、その中で、談志さんははっきりと、「だまされちゃいけないよ。学校というものは教師のためにある、国会というものは国会議員のためにある。それを生徒や、国民のためにあると思うから話がわからなくなるんだ。」というようなことを語っていました。

2011年の現在から思うと、それは、ある意味、当たり前にも聞こえるのですが、当時は新鮮でしたね。ある時代の天才は、次の時代の常識を生み出すというのはまさに、談志さんのためにある言葉だと思いましたね。

また、談志さんは自らの言葉に説得力を持たせるために、必ずお客に対して、上のレベルで話さなければならないというようなことを語っているのも聞いたことがあります。
つまり、どんなに間違っていることを言っていたとしても、絶対に上から目線で話をすれば、他人を説得できると...
確かに、その自信に満ち溢れた話方は談志さん独特のものでした。
談志さんはテレビでこんな話をしていたことも覚えています。

ゴルフってのは身体に悪いよね!何故って、普通のスポーツは準備体操から始まって、段々本気を出して行くもんだけど、ゴルフは、最初のスィングが一番、思い切って打ち、段々、アイアンだとか、パターとかセコくなっていく。だから、絶対に身体に言い訳がない...

よく考えれば、どうでもいいようなネタなのですが、それが談志さんの自信に満ちた口から出てくると、説得力を持ってしまう、当時、僕は本当に笑いました。
しかし、後日、思い出してみると、別におかしくもない。僕は、その時、逆に、これこそが、談志さんの芸の凄さなんだと思ったものですね。

よく言われる話ですが、戦後の芸能界の歴史というものは、手の届かないスーパースターから、身近なアイドルへ、芸人へという流れがありますよね。インターネットの時代で、さらにそういう芸能人と一般人との「平等化」が進む中で、談志さんは、その流れに逆らうような存在だったと思います。
でも、もしかしたら、晩年は、自分の言葉が段々、人々に伝わらなくなってきたということを肌で感じていたのかもしれません。寄席で居眠りをしていた客に怒って、高座を降りたなんていうことがありましたが、悔しかったんでしょうね。

今後、談志さんの遺伝子を受け継いだ人々、特に、最近、微妙に影が薄くなっている爆笑問題とかに、東京の芸人として頑張ってほしいと思います。

今、有名人の家紋の立川談志さんの項目に死亡年月日を入れて更新いたました。
もしよろしかったら、コチラにも寄って行ってくださいね。

まさむね

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