尾崎紅葉と日比谷平左衛門の違い鷹の羽紋


今日は青山霊園で見た二つの丸に違い鷹の羽紋についてのお話です。左が明治時代の文豪・尾崎紅葉、右が同時代の実業家・日比谷平左衛門の墓所にある丸に違い鷹の羽紋です。そして、真ん中は、現代標準的な均整の取れた丸に違い鷹の羽紋です(この三つの画像は、クリックすると若干大きく表示されます)。

よく見ていただくとわかるのですが、上に乗っている方の羽の上の方の線が無いんですね。

実は、私、以前から、尾崎紅葉の鷹の羽の上の方の線が無いのは、なんらかの意味があるのではないかと、ずっと思っていたのですが、先日、日比谷平左衛門の紋も同じようなデザインであることを発見し、「あ~これは、青山霊園御用達・石工さんのオリジナルデザインかぁ」と勝手に、納得した次第です。

いや、もしかしたら、その線を数本彫らなかったというのは、手抜きかもしれません。何故なら、それによってデザイン的に秀逸になったとも思えないからです。(ただ、これらの紋が彫られて数十年経た現在、これらの鷹の羽を改めて眺めてみると、なんとも手彫りの味がありますね。)

おそらく、このようにして、家紋デザインの改変がなされ、伝統として残り、後世、名付けられていく場合もあるのではないかと私は思います。
もっとも、昨日のエントリー(「日本人にとって伝統を守るということはそれほど厳密なことではないのではないか」)にも通じるのですが、私はこうした曖昧な伝統継承の寛容さにたいしては、むしろ好意的に感じています。そして、それが日本的ですらあると感じる今日、この頃です。

まさむね

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